東京高等裁判所 昭和28年(ネ)2096号 判決 1955年6月28日
控訴人 被告 有限会社銀河商会
代表取締役 河地才市
訴訟代理人 森山邦雄
被控訴人 原告 山副博志
訴訟代理人 山崎新一
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。控訴人と被控訴人との間の静岡地方裁判所沼津支部昭和二十八年(ヨ)第一六二号仮処分命令申請事件につき、同裁判所が昭和二十八年九月二十六日になした仮処分決定を認可する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は右控訴を棄却するとの判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張立証及び之に対する相手方の主張は、控訴代理人に於て、控訴会社は、昭和二十八年九月二日饅頭その他菓子類の製造販売業を目的とし、現在の代表取締役河地才市及び訴外小柳亀次郎等により設立され、尚右河地才市及び小柳亀次郎は、その以前から共同して熱海市に於て饅頭その他菓子類の製造販売業を「あたりや」の商号を以て経営し、いわゆる「天の川饅頭」の製造販売をしていたのであるが、昭和二十八年二月十日に明治三十七年三月一日以来「天の川」の商標を用いて饅頭の製造販売業を営んでいた訴外小沢倉次郎の承継人たる小沢良蔵から、その営業と共に右商標を譲受けて之を自己の製品に使用し、次いで右「あたりや」を組織変更して前記の通り控訴会社として右営業を経営するに至つたのであるから、控訴会社は訴外和田秀治郎から商標権「銀河」を譲受ける以前から明治三十七年三月一日以来存する未登録商標「天の川」を所有し使用して来たのである。之に反し被控訴人は昭和二十五年中に漸くその前居住地三重県から熱海に移住して来た後になつて、商標「天の川」を使用し始めたに過ぎない。従つて以上の経過に照らし、控訴人が登録商標権「銀河」の所有者として同商標権に基き、被控訴人に対し右「銀河」と観念を同じくする類似商標「天の川」の使用禁止を請求することは法律上許容せらるべきものである。と述べ、疏明方法として甲第十及び第十一号証、第十二号証の一、二、第十三号証を提出し、当審証人高橋登、小沢良蔵の各証言を援用し、原審に於て乙第一号証の三及び乙第七号証の三の成立を争つたのを改めて之を認め、乙第七号証の三を援用する。乙第十一号証の一、二の成立を認める。乙第十二号証の一、二の成立は不知と述べ、被控訴代理人に於て、右控訴人の主張事実中、被控訴人が昭和二十五年中に三重県から熱海市に移住し、その後商標「天の川」を使用していることは認めるけれども、商標「天の川」が控訴人主張のように訴外小沢倉次郎、小沢良蔵等によつて使用せられ、同人等から控訴人が之を譲受けたことは否認すると述べ、疏明方法として、乙第十一及び第十二号証の各一、二を提出し、当審に於ける証人勝又義夫の証言及び被控訴本人訊問の結果を援用し、甲第十及び第十一号証、第十二号証の一、二、第十三号証の成立は不知と述べた外、原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。
理由
控訴人が昭和二十八年九月二日訴外和田秀治郎から、商標法施行規則第十五条所定の第四十三類の内、羊羹、饅頭、ぱんぢゆう、最中、餅菓子その他蒸菓子類を指定商品とする登録第三四六六三六号の二商標権「銀河」を譲受け、同月十五日商標原簿にその登録を受けたこと、及び被控訴人が饅頭の製造販売業を営み、その製造販売に係る饅頭及び商品の包装紙等に「天の川」なる商標を使用していることは、当事者間に争のないところである。
よつて控訴人が右譲受にかかる商標権「銀河」に基き、被控訴人に対し、右「天の川」の商標の使用禁止を請求することができるかどうかについて判断するに、原審証人大石実、田島善二郎、原審及び当審証人勝又義夫、当審証人高橋登の各証言並びに原審及び当審における被控訴人本人訊問の結果と、その成立に争のない甲第三号証の一、二、甲第四号証、甲第七号証、乙第一号証の一及び三、乙第五号証の一ないし五、乙第七号証の三、乙第九号証並びに前記証人勝又義夫の証言により当裁判所が真正に成立したと認める乙第一号証の二、乙第四号証の一ないし四、乙第六号証、乙第七号証の一、二、乙第十号証の一ないし五を総合すると、次の事柄について、一応の疏明が得られる。すなわち被控訴人は、昭和二十五年春頃から、熱海市において、「うまいや」の商号を用いて、饅頭の製造、販売を始めたが、これに「天の川」の商標を使用し、大いに広告、宣伝につとめた結果、饅頭「天の川」の名声は、広く取引者、需要者の間に認識されるに至つた。一方訴外藤間壮吉は、昭和二十八年にいたり、やはり熱海市において「あまいや」の商号を用い、饅頭を発売することとなつたが、これに「天の川」の商標を付し、かつ、被控訴人使用の「天の川」の包装と極めてまぎらわしい包装を使用した。よつて被控訴人は、同訴外人に対し、不正競争防止法第一条第一号に基き、右各行為停止の仮処分を得た。その後間もなく右藤間壮吉及び訴外大石市郎等は、熱海市熱海九百七十四番地に伊豆製菓株式会社を設立し、饅頭「天の川」の製造に着手すると共に、当時未登録であつた商標「天の川」について特許庁にこれが登録を出願したところ、登録第三四六六三六号商標「銀河」と類似するとの理由により、拒絶意見の通知を受けた。大石市郎等は、右登録商標「銀河」が訴外明治製菓株式会社の所有にかかり、かつ使用されていないものであることを知り、同会社に交渉して、その指定商品のうち、冒頭に認定した饅頭等の商品について、一旦訴外和田秀治郎名義で分権を受け、次いで控訴会社設立と同時に、これに名義を変更したが、右譲渡の交渉には、大石市郎の家人大石実が関与しておるばかりでなく、控訴会社は前記伊豆製菓株式会社同様大石市郎方に営業所をおき、「あたりや」の商号を用い、被控訴人使用の「天の川」の包装と、これまた極めてまぎらわしい包装を使用して、「天の川」の商標による饅頭を販売している。
以上一応疏明された事実によれば、控訴会社は、結局被控訴人が多大の広告、宣伝費を投じて広く認識されるに至つた商標「天の川」の名声を、自己の利益に用いんとし、たまたま第三者が所有し、全然使用されていなかつた登録商標「銀河」を譲り受け、これによつて被控訴人の前記商標「天の川」の使用を禁圧しようとしたものと推断するの外なく、以上認定された一切の事情のもとにおいて、かかる行為は権利の濫用として許されないものといわなければならない。
控訴代理人は、「天の川」の商標は、訴外小沢倉次郎が明治三十七年以来これを使用して饅頭の製造販売をなして来たものであり、控訴会社代表者河地才市及び訴外小柳亀次郎は、昭和二十八年二月十日小沢倉次郎の承継人である訴外小沢良蔵から、営業と共にこれを譲り受け、次いで控訴会社設立後これを引き継いだ。すなわち控訴会社の商標「天の川」は、未登録ではあつたが、明治三十七年以来引き続いて使用されて来たもので、昭和二十五年にいたり、「天の川」の商標の使用を始めた被控訴人に対し、その使用禁止を請求することは法律上許されるべきものであると主張するが、当審証人小沢良蔵の証言及び甲第十二号証の一の記載中、未登録商標「天の川」が、控訴人主張のように、被控訴人の使用以前から、控訴人の被承継者によつて永く使用されていたとの部分は、たやすく採用し難く、他に、前記認定を覆えし、控訴人主張事実を認めるに足りる疏明はない。
してみれば、控訴人の本件仮処分の請求は、進んで右両商標の類否、商標権譲渡の効力についての判断をなすまでもなく、その理由なきものとして却下を免れず、原裁判所が先にした仮処分を取り消したのは相当であるから、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。
(裁判長判事 小堀保 判事 原増司 判事 高井常太郎)